CEO 武藤です。

COVID-19で話題になっている「不要/不急」について考えてみたい。

不要不急

不要不急とは重要ではなく、急ぎでもないこと。

https://www.weblio.jp/content/%E4%B8%8D%E8%A6%81%E4%B8%8D%E6%80%A5

 

 

非常にあいまいな言葉である。ちなみに東京都では詳細の対象/対象外を例示しているので見て頂きたい。社会生活に必要な施設(自粛対象外)に”タピオカ屋”が例示されているのは不謹慎ではあるが笑ってしまった。

参考:東京都の休業要請施設リスト

 

 

誰にとっての不要不急か

今回我々が考えるべきは、「どの施設が不要不急か」「どの仕事が不要不急か」ではなく、「誰にとっての不要不急か」を考え行動する事ではないだろうか。ここがあいまいな故に自粛や経済対策(保障)の話がごちゃごちゃに一貫性のない話になっていると感じている。

 

自分(自分たち)にとっての不要不急

最も統制力が低い閾値である。我々が考える”ワクワク”の動機となり得るものでもある。おそらくこのような状況においてはこれは重視されるべきでないと考えられている。(一方で、これ故に自粛せず普通に生活をしている人もいることもまた事実である。)

 

国(国民)にとっての不要不急

おそらく、世の論調はこれに近いのではないだろうか。「医療崩壊するから」などがそれにあたる。これの難しい所は自分事としてとらえることが難しい点にある。頭ではわかっていても腹落ちしていない事が多々あり、結局身近で何かが起きるまでは上記の「自分にとっての不要不急」ロジックで意思決定が下されることが多くなる。

 

意思決定における思考ロジック

何が正解という話ではない。個々いろいろな思惑(考え)があって然るべきである。その際に「誰にとっての不要不急だからどんな行動をした(判断をした)」ということを是非考えてみて頂きたい。これは今後の自分の意思決定における重要な思考プロセスを垣間見ることが出来る。

国や国民のためと言いながら自分の既得権益ために動いているのであればそれは論点がずれているという事をいろいろな人に考えてほしい。(せっかくなら、自分の地位を守りたいからこうすると言ってくれた方が清々しい 笑)

 

 

道の道とす可(べ)きは、常の道に非(あら)ず

「道」と示せるようなものは、本当の「道」ではない

老子が説いた「正しいなんて基準がない」という言葉です。あるべき姿や他人に姿に惑わされず、その時にどのように考え行動するか。それぞれがそれぞれの意思で起きていることに対峙していきましょう。